anttiorbの映画、映像の世界

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猿の惑星:新世紀(ライジング)

 
人間は10年前に自らが生み出したウイルスに90%が死に追いやられ、僅かな生存者グループは、荒廃した都市部の一角に身を潜め、希望なき日々を過ごしている。
一方、カリスマ的な統率力を誇る猿のシーザー(アンディ・サーキス)は、仲間を率いて人類への反乱を起こしてから10年が経った。
遺伝子の進化、知能と言語の獲得により猿たちはさらに進化を遂げ、独自の文明を形成、森の奥に平和なコミュニティを築いていた。
そんな猿たちの住処に人間が現れた。 睨み合いがが続き、その静寂を破ったのは、カーヴァー(カーク・アセヴェド)という男だった。 彼は猿を恐れていて、思わず引き金を引いてしまった。 その銃声を聞きつけ一斉に猿たちに囲まれる人間たち。
必死に詫びるのは、マルコム(ジェイソン・クラーク)というそのグループのリーダー格の男だった。
猿の世界のリーダー・シーザーは我慢をして大きな声で「去れ!」と叫ぶのだった。その時、マルコムの息子がリュックを置いてきてしまった。 それを猿たちが拾い、持ち帰ったのだ。
シーザーたちは、しばらく人間たちを見ていなかったので、もう人間は滅び去ったと思っていたが、人間は生き残っていた。 そして次の日シーザーは猿たちを率いて、人間たちの住んでいるところへ向かった。 いきなりあらわれた猿の大軍団に人間たちは仰天した。
そこにシーザーは馬に乗って大きな声で叫んだ。 それもしっかりした言語で。「ここは人間の地、かの地は猿の地」 シーザーは、お互いの地に踏み入らないことを宣言し、共存するようきつく言い放ったのだった。
しかしマルコムは、猿たちの地に水力発電所があることを確認していたのだった。 今人間の地は、燃料が底を突き始めている。 文明の衰退とともに原子力発電所メルトダウンを起こし、電気に不自由していたのだった。 しかしその水力発電所が動けば、また文明を復活できる。
マルコムはそのため再びシーザーのもとに向かうのであった…
 
前作「猿の惑星: 創世記」http://blogs.yahoo.co.jp/atts1964/12158572.html から10年が経った世界を描いている作品です。 前作は優れた知能を持った猿の誕生と、その理由を描いた作品でした。 そして最初の人間との戦いがラストでしたが、今回はもう猿は自分たちの世界を繁栄させていました。
逆に人間はあまりにももろく滅びつつありました。 自ら作ってしまった“猿インフルエンザ”これが命取りになりました。
あっという間に転び落ちてしまった人間。 なんか今の世の中を予言しているような作品という面も持っている感じさえします。
エボラ出血熱”“デング熱”今まで眠っていたような病気が何か一斉に表に現れてきたような、そんな無気味な兆候を描いた作品とも取れるような気が。
昔の衝撃的な1963年の「猿の惑星」は、猿たちを、日本人とか、有色人種と言われましたが、今回の猿たちのモデルは誰なんでしょうか? 人間がどうしてほろんだのか? 
1作目の「~創世記」で確かにその兆しが描かれていますが、もうこの作品では人間は瀕死状態です。 でも、シーザーは、よき人間に育てられたことで、人間の良さ、そして共存を必死に模索します。
一連のこのシリーズでは、シーザーは人間、猿の境界を越えた英雄なんですね。かっこいいんですよ。 こういうリーダーがいたほうが勝つのは明白ですね。 作品としても秀作のこの作品、感動と感銘を受ける作品です。
 
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銃声を聞いて駆け付けたシーザーたち
 
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圧倒的なカリスマ性を持つシーザー
 
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忘れ物を届けに大軍団を率い人間の地へ
 
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しかしマルコムは重要なことをお願いしにシーザーのもとに
 
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シーザーは銃=人間と思っている
 
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葛藤の中、唯一信じあう二人
 
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