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光と影 光市母子殺害事件 弁護団の300日

2008年作品、齊藤潤一監督。

1999年4月14日、山口県光市で母と生後11カ月の長女が殺害された 「光市母子殺害事件」。 当時18歳だった少年が逮捕され、一審二審の判決は、無期懲役。 しかし、最高裁は、死刑含みで、審理を広島高裁に差し戻した。
最高裁の途中段階から、弁護団は、差し変わった。 起訴事実を争わず、情状を主張してきた旧弁護団が、「死刑含み」 の状況に危機感を感じたためである。 新弁護団には、21人の弁護士が集まり、この事件を再調査することになる。 この弁護団の中に、名古屋の村上満宏弁護士も加わっていた。
村上弁護士は、自身の弁護経験から 「謝罪や反省は、いつか被害者遺族に届く」と信じていて、事件に真っすぐに向き合うよう、光事件の被告と幾度も面会を重ねていた。 村上弁護士が見た被告は、流布されていた凶悪な姿ではなく、精神年齢の低い青年だった。
一方、裁判は思わぬ方向へ動き始める。 被告は、新弁護団に殺意がなかったこと、そして、強姦目的で現場を徘徊していたのではないことなどを告白する。 一、二審で争われなかった新事実であった。 弁護団は、争点を絞りながら、法廷で新事実を展開する。
しかし、感情的な空気の中で、世論は 「荒唐無稽な供述を始めた」 「死刑が恐くなって事実を翻した」 と被告を非難、さらに、弁護団にまで、「鬼畜」 「悪魔のしもべ」などとバッシングの嵐が吹き荒れる事態となる。 また、「悪者を弁護する必要などない」 ということを、メディアで平気で語るコメンテーターまで現れる。
私たちは、裁判とは何か、刑事事件の弁護活動とはどうあるべきか、弁護士とは、どういう職責を持つものなのかを、冷静に見ることが欠落した危険な風潮を感じた。このため多様な視点を提示するべきだと考え、弁護団会議などにカメラを入れ、取材を重ねた。 差し戻し控訴審判決は、「死刑」 と出た。 しかし、裁判員として法廷で人を裁く立場となる私たちに 「光市母子殺害事件」 は、さまざまな問題を残したのではないかと考える。 果たして、この番組から、何が見えてくるか…。

監督は齊藤潤一、「死刑弁護人」 https://blogs.yahoo.co.jp/atts1964/15351395.html 「平成ジレンマ」 https://blogs.yahoo.co.jp/atts1964/15351318.html 「約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」 https://blogs.yahoo.co.jp/atts1964/13967082.html を見ています。

この事件は本当に有名ですね。 つい先日、別の事件の死刑囚、それも犯行時未成年だった死刑囚の死刑が執行されました。 18歳を犯行時の越えていれば、死刑判決を出すことが可能な現在、将来的にはもっとそのハードルが下がる可能性もあるかもしれません。
この一連の裁判のやり取りで、世間に大きく取り上げられたのは、被害者の夫の方ですね。 正直私もこの夫の方のやりきれなさ、なんで罪もない妻と赤ん坊が殺されなくてはならなかったのかという、憤りに同情を禁じえませんでしたし、死刑は妥当と考えていました。 犯人を掘り下げた報道があまりにも当初は少なかったからです。
犯人の当時少年の、手紙、手記がたどたどしい声でナレーションされるんですが、実はこれは実際の犯人の声を再現しているそうです。 この声を聴くと、本当に始めから殺意があったのか? 一体犯人はどういう人物だったのかが、実はぼんやりと見えてくる気がします。
ここからは個人的な見解ですが、死刑判決が出て、それがこの事件では一番落ち着きどころだったのでは? そう思えるんですね。 世論とか、残された夫の方の感情とかではなく、犯してしまった二人の命を奪った行為は、もう取り返しがつかないし、犯人は生き残っても見の置き場がなく、消してあげた方が本人ためでは? そんな思いに駆られました。
人が人を殺すのではなく、法の下の裁きで死刑がある限り、その手段は一番打倒だったのでは? まわりまわってそう感じてしまいましたが。
これは限定公開の記事といたします。

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この裁判にかける村上弁護士


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死刑判決は?

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