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平成ジレンマ

2011年作品、齊藤潤一監督。

非行や不登校の子供たちを厳しい訓練と合宿生活で再教育する戸塚ヨットスクールは、1980年と82年に訓練生が死亡する事件が起き、戸塚宏校長と全スタッフが逮捕された。 最高裁は彼らに実刑を下した。 この事件をきっかけに、教育界から体罰が排除されるようになる。
2002年3月、戸塚校長は傷害致死罪で6年の刑に服す。 出所後、戸塚校長は年間70件に及ぶ講演を行い、子育てに悩む親や教師に体罰の是非を訴えている。
三河湾を臨む愛知県美浜町にある、戸塚ヨットスクールの現在の訓練生は10人。 以前のような体罰は封印した。 
戸塚校長は1975年、太平洋単独横断レースで驚異的な記録で優勝し、その翌年、スクールを開校した。 たまたま不登校の生徒が学校に通えるよ うになったことから 、情緒障害児が集まるようになった。 
夏、小学6年生・丘晃君が短期入校生としてやってくる。 終了の日、ここにずっといるよう言われたらどうするか尋ねられた彼は、拒否すると答え、スクールを後にした。 
21歳の訓練生・恵介さんは就職のため、自動車学校に通っている。 入校から約1年が過ぎ、就職が見つかればスクールを出る。
最年長29歳の哲也さんは、2年前スクールを卒業して就職したが長続きせず、再入校させられた。 秋、恵介さんは自動車免許の試験に合格する。 哲也さんは、校長が知り合いに頼んで、沖縄の農家に就職する。
そして丘晃君が正式に入校してきた。 別の日、17歳の一恵さんが両親に連れられてやってきた。 彼女は家に引きこもり、リストカットを繰り返していた。 自傷癖のある生徒は受け入れていないが、校長が特別に許可したのだ。
しかし3日後、彼女は屋上から飛び降り、この世を去る。 恵介さんが脱走を繰り返すようになり、名古屋の弁護士から彼を保護したと連絡が入る。 弁護士はスクールから逃げた訓練生たちを支援し、訴える準備をしているという。
一方、沖縄の哲也さんは、2ヶ月で姿を消していた。 春、新しい訓練生として、40歳の引きこもりがやってくる・・・

監督は齊藤潤一、彼も東海テレビマンですね。 他作品も紹介していけると思います。
戸塚ヨットスクール” ってもう全国区の有名な、駆け込み寺のようなところでしたね。 問題のある少年少女を預かり、更生させ社会に戻す。 評判を聞きつけて、困った親が子供を連れて、戸塚校長に預けて、何とか子供を鍛えてほしいという最後の砦のような場所でした。
しかし体罰 を持っての指導法は、当時から世間に問題視され、実際に海で亡くなる生徒や、行方不明となる生徒も出てきて、とうとう戸塚校長以下逮捕される事件にまで発展してしまいました。
しかしその後、服役した戸塚校長の出所後、スクールが再開されたことは、いろんな番組で取り上げられましたね。
その実態に迫ったこのドキュメンタリー、ちょっと歳を取り、昔ほどの怖さは薄れましたが、それでも、ここが最後の頼るべきところと思い、子供を預けてくる親がやはり少なくない感じでいることが感じ取れます。
しかし、今は一切体罰をコーチがすることはありません。 昔の映像や、当時の記者会見で、戸塚校長の考え方が描かれていますが、彼は今の子供(当時の)たちに対する強烈な危機感と、あの逮捕劇があり、世間からたたかれたことで、学校から一歳に体罰が消えた事から、子供がどうしようもなくなったことを嘆いているんですね。
じゃあ今はどういう指導をしているのか? この作品を観て、終始感じることは、戸塚さん自身が絶えず歯痒そうな顔をしていること。 じれったい、こんなやり方ではなかなか先に進まない不完全な教え方という顔をされている。
そして、それでもやはり強烈な威圧感のこのスクールを経験して立ち直っていく生徒も多くいるようですが、昔に比べ、社会に戻ってもまたで戻ってしまったり、結局は長続きしない感じにもなっています。
そして今作では、スクールを逃げ出すもの、そして命を絶ってしまうものまで描かれています。 自殺者が出て、再び群がるマスコミ、しかしやるせないのは戸塚氏自身、責任、落ち度をしつこく迫るマスコミに、カメラの存在が逆に今の戸塚氏のソフトなやり方の証拠になっているんですがね。
しかし、それでは、手から水がこぼれるように脱落者や、自殺者が出てしまう。 教育は小学生の時にやらなければ手遅れ、体罰は進歩を促すためにやる。 戸塚校長の意見にも耳を傾けるべき点が多くあるように感じた作品です。

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出所してきて、年齢を重ねた戸塚校長

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若いころの戸塚校長

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そして今は体罰は無し

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声を中心に

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まだ幼い少年もやってくる

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