2014年、百田 尚樹著
誰も知らなかった、やしきたかじん最後の741日。
2014年1月3日、ひとりの歌手が食道がんで亡くなった。
「関西の視聴率王」やしきたかじん。
ベールに包まれた2年間の闘病生活には、
その看病に人生のすべてを捧げた、かけがえのない女性がいた。
夜ごとに訪れる幻覚と、死の淵を彷徨った合併症の苦しみ。
奇跡の番組復帰の喜びと、直後に知らされた再発の絶望。
そして、今わの際で振り絞るように発した、最後の言葉とは――。
この物語は、愛を知らなかった男が、本当の愛を知る物語である。
『永遠の0』『海賊とよばれた男』の百田尚樹が、
故人の遺志を継いで記す、かつてない純愛ノンフィクション。
2014年1月3日、ひとりの歌手が食道がんで亡くなった。
「関西の視聴率王」やしきたかじん。
ベールに包まれた2年間の闘病生活には、
その看病に人生のすべてを捧げた、かけがえのない女性がいた。
夜ごとに訪れる幻覚と、死の淵を彷徨った合併症の苦しみ。
奇跡の番組復帰の喜びと、直後に知らされた再発の絶望。
そして、今わの際で振り絞るように発した、最後の言葉とは――。
この物語は、愛を知らなかった男が、本当の愛を知る物語である。
『永遠の0』『海賊とよばれた男』の百田尚樹が、
故人の遺志を継いで記す、かつてない純愛ノンフィクション。
(Amazonより)
不安は的中、直ぐに体調を崩して休養、そして私たちの前から姿を永遠に消してしまいました。
食道がん発覚からほとんど、手術、闘病の様子は語られなかったので、辛いけど、2011年末に病気が見つかったところからの知られざる2年間、はファンとして知りたい気持ちをやっと教えてくれる本が出ました。
話題性もあり、なによりも亡くなる前の空白の間が埋まるとの思いで、壮絶なのは覚悟して即購入、しっかり読まさせていただきました。
私の読書時間は通勤途中の電車の中がほとんどです。 正直辛かった。 何度も大泣きをしちゃいそうで。
そして闘病以外にも、読んでいただければわかりますが、これから引きずっていくだろう辛いことが数々…
人を引き付ける百田氏ですし、正直言いたいことをズバッという彼が、冒頭は慎重に書き進めています。それは、どうしてこの本を書いたのか?そしてやしきたかじんとは、「そこまで言って委員会」に出演しているにもかかわらず、殆ど面識がなかったこと。たかじん休養中に出演していたんですね。(私は関東なんで見れません)
だから、奥さんのさくらさんとの面識もなかったこと。
ではどうして? そこから話が始まりますが、結構マスコミバッシングを受け戦っている百田氏ですから、この題材を扱うのに迷い、疑いのあったことに触れています。しかし、書き始めるともうすっかり、一気に集中して書き上げて行ったんだろうなとも思えますし、それでも膨大な時間を費やしたのもわかりました。
でも一つ言えることは、がんとの闘病は半端じゃないということ、またそれは当人が苦しいのは当たり前ですが、場合によってはその近くにいる人がそれ以上に苦しむということです。
それが伝わってきました。
癌も、初期かどうか、部所によって様々ですが、それによって覚悟が必要ですからね。病気に対する覚悟、本人の精神状態がどこにあるのか?(生きたいのか、直したいのか、あるいは余生を静かに過ごしたいのか?)によってこちらの態度を変えなくてはならないからです。
たかじんさんは、本当なら自暴自棄になっていたかもしれません。でもさくらさんとの劇的な時期での出会いから、強く生への執念を見せました。そうなれば周りもその方向で動き始めることになり、ここで初めて“闘病”となります。病気との文字通りの戦いなんですね。
実はこの本は、そういう食道癌との壮絶な戦いの記録でもあり、テキストにさえなる本でもありました。
もちろん二人の本の題名の字を変えた“純愛”という面も大きく書かれています。 生前のたかじんから信じられないような愛の姿、ここに疑いを持つ人は多いのではと私も感じました。
“やしきたかじん”というのは家鋪隆仁という男が強烈に作り上げた個性で、最期病気が発覚してその時に、やっと素の姿が出てきたとしたら、それもあり得る話と読み進めていきました。
たかじんを温かく見ていた人たちは、その頃のたかじんを見て「表情が穏やかになった」と言っていますし、それが逆に、強烈な印象のたかじんと多く接触してきた人間は、この本は信じられないでしょうし、信じたくない、騙されているという感覚を持つんでしょうね。
私は“信じます”。それはこの闘病記が経験した人でないと書けないことだからです。 そしてこの看病は、献身的で、女性でないとできないからです。残念ながら少しでも、弱い心を持った人、変な野心のある人にはできないことだと思います。それは身内であろうと関係ありません。
一ファンとして、さくらさんに感謝の念しか湧かない本でした。それは誰よりもたかじん自身がわかっており、そう感じて旅立っていったと思っています。心残りは、「もうすこしさくらに何かしてあげたかった」だけでしたでしょう。
本当はもう1冊のやしきたかじん本も読んで、そちらも書こうと思いましたが、それは書かないでおきます。
それはこの「殉愛」と比較したくないからです。読まれて比べることはされてもいいですが、おそらくこの本に圧倒されることでしょう。
また時期を置いて今度は家でしっかり読んで、思いっきり泣きながら別れをしたくなる本でした。