anttiorbの映画、映像の世界

yahooから引っ越してきました。よろしくお願い致します!

イヴの時間 劇場版

2010年作品、吉浦康裕監督、声の出演:福山潤野島健児

人型ロボットのアンドロイドを家電として扱う、近未来の日本らしき国。 そのアンドロイドたちは頭上にあるリング以外、人間とまったく変わらない外見をしている。 そのため、必要以上にアンドロイドに入れ込む人間は “ドリ系” と呼ばれ、問題視されていて、それを危険視する 「倫理委員会」 が広報活動に勤しんでいた。
また、旧式化したロボットが不法投棄され、主を持たない彼らが野良ロボットとして徘徊することが社会問題となっている。
高校生のリクオ(声:福山潤)はアンドロイドを人間のように扱うことなく、子供のころから便利な道具として利用してきた。 ある日リクオは、自家用アンドロイドのサミィ(田中理恵)の行動ログに、命令していない行動をとったことを示す不審な文字列を見つける。
リクオは親友のマサキ(野島健児)を誘い、ログを頼りにサミィの行った場所を訪ねる。 そこは、喫茶店 “イヴの時間” だった。  その店には、人間とアンドロイドを区別しないという驚くべきルールがあった。
彼らアンドロイドは思い思いにそこでの時間を楽しんでいた。 リクオとマサキは好奇心から店に通うようになる。
そしてとうとうある日、リクオは店でウェイトレスのナギに悩みを相談しているサミィと鉢合わせてしまう。 家で見せるそれとは別の貌のサミィにリクオは戸惑い、裏切られたような気持ちを抱く。
マサキはロボット3原則に 「人間に嘘をついてはならない」 という項目がないことから、「ヤツらは平気で嘘をつく」 とリクオに語るのだった…

これはネットでアップされた1話15分、全6回の作品を映画化したものという事です。これは大変面白いですね。
監督は吉浦康裕、「サカサマのパテマ」 https://blogs.yahoo.co.jp/atts1964/13763779.html を見て今作品は見ないとと思っていました。 劇場作品もそうですが、連続放送版も見たい監督、クリエーターですね。
この世界観は、手塚治虫氏の 「火の鳥 復活編」 のロビタや、姿こそはありませんがAIの世界を描いた 「her/世界でひとつの彼女」 https://blogs.yahoo.co.jp/atts1964/11885392.html を思いだしますね。
物語は、アンドロイドを徹底的に管理し、人間の言うままの存在にしたい倫理委員会、しかし自我が本当はあるアンドロイドの生きる権利の様な事象のせめぎ合いのようなお話ですね。
主人公のリクオは、当たり前のようにサミィを道具のように使っていましたし、周りも同じように、それが当たり前の世の中でした。 しかし命令以外の行動をとるサミィの行動に気が付いたことから、彼は全く違う価値観に遭遇するんですね。
その稀な空間が “喫茶店イヴの時間” でした。 そこの店をやっている(任されている?)のは、ナギというウエイトレス。 彼女がこの店のルールに厳格で、ちょっとした差別的な発言も許しません。 しかしこの空間では彼女にアンドロイドたちが守られている、そんな愛情を感じるんですよね。

この作品にもロボット三原則が出てきます。
  1. 第一条
    ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
  2. 第二条
    ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
  3. 第三条
    ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
ロボット、アンドロイドが出てくる作品は、この法則にのっとった作品が多いですが、これがあることがいろんな意味での足かせになっている、この判断基準はどこなのか? 誰が判断するのか? そもそも誰がこの概念を埋め込めるのか?
もっと言えばアンドロイドに意志はあるのか? 愛があるのか? まで踏み込んでいますね。
今作でははっきりとあると言っている感じですが、それがペット的な動物との絆とはまた違った、乳母のような存在に感じられました。
これは続編がいまだに映像化されませんね。 ぜひ続きが見たいし、まだ謎も残っている面白い作品ですよね。

イメージ 1
主を廊下で待っているアンドロイドたち

イメージ 2
リクオはサミィのある行動が気になり

イメージ 3
追跡をしていくとこの喫茶店

イメージ 4
ナギという女性が店を仕切っている

イメージ 5
マサキと二人で通い始める

イメージ 6
そこには人間もアンドロイドも集ってくる

イメージ 7